泳いで沖縄本島1周 1日目 残波岬-カフーリゾート下 13km

 早朝の残波岬駐車場でひとつずつ装備をつける。まずパンツを脱いでウエットスーツを着る。次にブーツ、マスク、シュノーケル、時計。荷物をつめた防水バッグを背負う。お腹にエネルゲン2Lパックをつける。サメ避けを腰に巻く。防水パックに入れたスマートフォンを腰につける。トレーニングで何度もやった動作だ。そして最後にフィンを持ったら準備完了。「すまないなあ、おかしなことを始めて」「おう」などと嫁さんと話しながら海へ向かう。出発地点まで車で送ってもらっていたのだ。足場が悪くなる辺りでなんとなく感慨を込めた感じで嫁さんを眺めて、手を挙げて別れた。岬手前から海に入って、岸を蹴ってゆっくりと泳ぎだす。何度もイメージしたことだが、実際に始めてみるとごく普通に「泳いで沖縄本島1周」は始まった。

 残波岬スタートで沖縄本島を時計回りに、休養日も含めて33日で泳ぐ予定でいる。1日平均6時間で15km移動し、キャンプ用具は防水袋に入れて背負って泳ぎ、テント泊で進んでいく。食事は予め下調べした店で食べたり弁当を買ったりする。

 沖縄本島を一周すると本当は335kmあるのだが、那覇港と金武中城港は単独では泳ぐ許可が下りないので、その分をカットすると全行程は270kmになる。海上保安庁に話をしにいったら「港内を1人で泳いでいるのを見つけたら逮捕します」とのことだ。もっとも、大きなタンカーやフェリーが入る港の中を人間がノロノロ泳いでいたら危険だし迷惑で、泳いでいけないのは当たり前だ。併走する船をつければ港の中も泳ぐ許可は出そうだったが、僕は伴走船を付けるのは嫌だった。船に守られながら泳ぐくらいなら、海を泳ぐ意味はない。プールで泳げばいいと思う。だからふたつの巨大港は陸路を移動することにした。その分を差し引いて沖縄本島1周は270km前後になる。

 残波岬手前を出発して、すぐそこに岬の先端が見える。南風で波は穏やかだ。残波岬の白い灯台が早朝の青空によく映えている。

 水中は青い水が広がっている。岬先端は崖状に深く落ち込んでいて、海底は見えない。帽子と手ぬぐいで日よけをした釣りのおばちゃんが沖縄の県魚のグルクンを釣り上げているのにペコリとあいさつをして、釣り糸の内側の岸ぎりぎりを通らせてもらう。岸に張り付いて通り過ぎれば、魚の動きはほとんど変化がない。

 岬先端を過ぎてしばらく行くと、風向きが悪く波立ってきた。その中を進む。出発した残波岬とその先の真栄田岬の間は、入り江状の海になっている。入り江に沿って泳ぐと遠回りになるので、奥はショートカットして深い海を泳いで渡った。一番近い岸でも1km以上離れていて、水面からははるかかなたに陸地が薄べったく見える。深いので海底もまったく見えない。体調はよく、順調に進んでいた。

 そこへ、サメが来た。自分よりちょっと大きいくらいのメジロザメ科のなにかだ。近づいてきた時に、サメの表面がきめ細かい感じで絹のような光沢があるように見えた。カマストガリザメか。一枚、シャッターを押した。

 サメはこちらの様子を伺って、併走するように近づいてきては反転する。そのまま向こうに行くかと思ったら、またこちらに戻ってきた。戻ってきたら1匹だったのが2匹になっている。まずい。逃げ場がない。

 いままでのサメ経験では、常に海底なり岸なりを背にしてサメに対応できた。自分の体の前側ならばサメがいても落ち着いて行動できたし、サメもこちらに見張られている感じがあるからか、遠慮がちで弱気だった。ところが、いまは、周りに水しかない。前も後ろも下も全部水だ。サメはどこから来るか分からない。背後に回り込まれたくない。水から上がりたいが、上がれるところなんて全然ない。当たり前だ。背中の荷物があるから潜ることもできない。ただ水面で、体を立ててサメの方を向きながら様子を見る。様子を見るといっても、それしかできないのだ。向こうもこちらの様子を伺いながらゆっくりと移動している。30秒か1分か、よくわからない。背中側に回り込まれないように、常に2匹を視界におさめながら、ただただオロオロしていた。初めての状況で余裕はゼロだ。頼むからこれ以上増えないでくれ、どこかへ行ってくれ・・・!結局、メジロサメ2匹は青い水の向こうに消えていった。思わずへたり込みそうになるが、へたり込む地面もない。一番近い岸に向けて、「落ち着け、落ち着け」と繰り返しながら泳ぐ。濁り気味の水の向こうから、いつまたサメが現れるかと思うと恐怖だ。ついついペースが上がりがちになる。落ち着きなく周りを見回しながら、「あそこに暗い影があるような気がする・・・。」と悪い想像をしながら泳ぐ。どうしてもそういう考えが頭に浮かんでしまうのだ。15分くらい岸に向かって泳ぐと、海底がうっすら見えてきた。ホッとした。海底が見えるだけで、青い水の向こう側にサメがいるのでは?という怖さがなくなりものすごく安心できる。そして、そのままどんどん浅い方に向かって進んでしまうのをどうにも止められない。水深5mくらいの浅場まで行って、やっと本格的にホッとした。

 ホッとすると、改めてさっきは危険だったのかもしれないと思う。そもそも、沖縄の海にサメがいるのは分かりきったことだ。ネムリブカはどこにでもいるし、オグロメジロザメもよく見る。人にとって特に危険といわれるオオメジロザメやイタチザメを見ることも時々ある。そしてそれに特別な恐怖感は抱かずに、一応冷静に対処できていた。それまでのサメは、人を恐れているように見えた。遠くからこちらの様子を伺って、そのまま去っていく。そうでない場合もあるが、それでもどこか遠慮がちだ。だから、広い海を横切って泳ぐのも可能だと思っていた。だが、深い海で遭うサメは明らかに態度がいつもと違った。種類が違うからかもしれないが、無遠慮で、図々しい。そしてこちらは背中の荷物があるから潜れず、あからさまに「捕食者 対 無力なエサ(僕だ)」という構図が出来てしまう。岸から遠い海を1人で泳いだ記録なんて見たことないので、そんなときにどういう状況になるかは分からず、やってみてはじめてわかったことだが、岸から遠く離れたところで出会うサメはおそろしい。

 その後はビクビクしながら浅瀬をたどって泳いだので予定より遅れて11時に真栄田岬着。ガイドブックでよく紹介されている「青の洞窟」がある場所だ。真栄田岬は楽しそうにはしゃいでいるシュノーケラーやそのガイドなど沢山の人がいて、さっきまでの恐怖の海とは別世界だ。

 真栄田岬のパーラーで昼食をすませた。なぜかコショウの風味が強い不思議な沖縄そばだ。まずいと思う。でもよく噛んで食べた。その後、午後の海へ。船が多い場所を通るので邪魔にならないように気を付けた。港から「青の洞窟」へ向かう船だ。船の航路の内側へ内側へ、余裕を持たせて回りこみながら先へ進み、カフーリゾートフチャク コンド・ホテルに見下ろされた小さな浜に予定通り上陸する。今日は13km泳いだ。

 上陸後はのんびりしたいのだが、やることが多く忙しい。まず、テントを張る土地を平らに整える。

 デコボコでナナメの地面にそのままテントを張ると、夜につらい目に合う。傾いたテントの床の生地はよく滑り、寝ている間に徐々に隅に寄ってしまい、または背中のゴツゴツが気になり無理な体勢で寝苦しい一夜を過ごすことになる。だから砂をけずり、石を取り除き、草を引き抜き、カニは捕らえて遠くに放り投げる。

 カニ穴を適当に砂で埋めてその上にテントを張ると、カニは必ず砂を掘って這い出してくる。そのカニはテントの床を意外な力強さで押し上げて、テント内の人は目を覚ますことになる。テント用の整地ができたら、木と木の間に紐を張り、泳ぐ器材を片付ける。明日も使うし、洗う真水もないし、海水のまま干す。

 これが終わると、次は売店へいく。売店ではまずビニールの買い物袋一杯に水を貰い、シャワーにする。袋を木にかけ、穴を開けての簡易シャワーだ。一度穴を開けたら途中で止められないので、全身を洗い終わってから底に穴を開けるのがコツだ。売店の裏とか道端とかで水浴びや着替えをしていると周辺住民の皆さんの迷惑になるので、海辺でやる。

 そうして水浴びを終えて普通の服を着たらようやく気分は一般人だ。初日を問題なく泳げてホッとしていることもあり、売店での買い物は妙に心楽しい。弁当と明日の朝食を買い、予め預けてあったエネルゲン粉末を受け取り、モバイルバッテリー(スマートフォン用)とサメ避けの充電を頼む。売店のおばちゃんは余計なことを頼まれて迷惑だが、沖縄の売店はいつ行ってもレジに座っているような、その売店と半ば一体化したおばちゃんがいて、下調べしたときから顔見知りになっている。下調べで海岸線を回ったとき、営業時間とか定休日とか品揃えとかをあれこれ聞き、訳を話してエネルゲン粉末を2袋ずつ預かってもらったのだ。

「充電してるのは明日の朝取りに来ます」

「明日も泳ぐの?」

「泳ぎます」

「これを持っていきなさい」

 リポビタンDを渡されて売店を出た。あまり飲んだことがないが、これで元気が出るのだろうか。ともかく、これで外での用事は終わりだ。さっき整地した所にテントを張って内に入る。入ったら入ったで、その日の行動記録のブログを書くのが時間がかかった。あっという間に書きたいこともまとめられず寝る時間になってしまい1日を終えることになり、これは1周の最後まで続いた。

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